スペシャル:試し読み

SPECIAL:NOVEL SAMPLE

2019.07.26
『星界 Complete Blu-ray BOX』に封入される特典 森岡浩之書き下ろし「星界の断章 継承」あらすじ

アーヴ料理は薄味だという印象だが、主計修技館(ケンルー・サゾイル)の主食堂では、指定すればちゃんと濃く味付けしてくれる。今日の前菜も、ほどよい塩梅に調理されていた。七品からなる前菜を順番に一口ずつ食べていく。
「おや、地上人伯爵閣下(ローニュ・ドリュール・アイプ)。ごきげんよう」
二周目に入ろうとしたとき、後ろから声をかけられて、リン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵公子(ヤルルーク・ドリュール・ハイダル)・ジントはげんなりした。
ジントが主計修技館に入学して三カ月ばかりが過ぎた。
入学前はいろいろ不安を抱いたものだが、修技館は意外と過ごしやすかった。
この学校で養成される主計翔士(ロダイル・サゾイル)は、軍の事務を担当し、空識覚(フロクラジュ)がなくても務まる。なので、生徒には遺伝的地上人も多く、設備はすべて空識覚のない者にも使えるよう配慮されていた。
ラクファカールへ来る前、デルクトゥーという地上世界(ナヘーヌ)でアーヴ語やアーヴ社会の常識について学んだことも役に立った。おかげで言葉は概ね通じるし、世間知らずなへまをしでかすことも一日に一回程度で済んでいる。
同級生たちは礼儀正しく、ジントの特異な出自を冗談の種にすることはない。
だが、いま声をかけてきたスポール生徒(ケーニュ)は例外だった。ジントに染みついた地上性をなにかと揶揄する。「地上人伯爵(ドリュー・アイプ)」という称号で呼びたがるのもそうだ。
スポール氏は伝統のある一族で、人数が多い。彼はその一員だが、名ばかり貴族(スィーフ・ダブセラ)だった。つまり「公子(ヤルルーク)」という称号は持っているものの、領地(リビューヌ)はない。名門に連なりながら領地のない彼にとって、地上人でありながら諸侯の嗣子であるジントは腹立たしい存在なのかも知れない。
そんなことを考えて優しい気持ちになろうとしたこともあったが、無理だった。知ったことではない。
振り返って文句を言う。「まだ伯爵(ドリュー)じゃないよ。伯爵公子(ヤルルーク・ドリュール)だ」
「だって、きみの父上はすでにご逝去なさったのでは?」
「確定じゃないよ」ジントは言い返した。
ジントの故郷であり、なぜか領地でもあるハイド伯国(ドリュヒューニュ・ハイダル)は半年前、敵手に落ちた。ジントの父、初代ハイド伯爵(ドリュー・ハイダル)ローシュはそのときに消息不明になっている。確かに死んでいるかもしれないが、拘禁されているだけという可能性も同じぐらい高い。身を隠していることもありうる。
父との関係は並みの親子より薄いと思う。それでも、死んだと決めつけられるのは不愉快だった。父が生存しているという希望を、ジントは捨てていなかった。

 

 

本編に続く