
2011/06/24 生麦焼酎乙類 監督/岸本真太郎

前回、「東京定番の食べ物の中のある種のモノは異次元人の味覚だ」などと暴言を吐きました。
いや、当時は確かにそう思ってました。
すみません。
しかし、実は、その異次元感が僕は結構好きなのです。日常の中の不思議。センスオブワンダー。言い方はそれぞれでしょうが、その“差”と言うか“違和感”と言うか、そういった感覚に惹かれてしまうのです。
ただ、この“異次元感”っていうのも、他の全ての楽しみと同じで、常に接し続ければドンドン慣れ…麻痺してきます。
ちなみに、前回書いた食品も、現在、結構慣れてしまって、すでに違和感のイの字も感じられません。
ハンペンなんかは好きな具材の一つに変わりました。ゴマ油の天丼も、蒸したウナ丼も、それなりに美味いですし、黒い出汁のうどんすら時には食べてます。醤油も濃口醤油です。たぶん、今田舎へ帰って適当な食べ物屋に入ったとしても、かなり味気ない印象を持つんだろうなぁ〜。
が、“ちくわぶ”だけは正直、いまだに意味がわかりません。
2011/06/21 八王子の空飛ぶ有袋類 企画/森岡秀文

少女時代1stジャパン・ツアーに行ってきました!
アリーナの後ろの方だったので、ステージ正面はほとんど見えなかったのですが、正面の他にも左右に張り出す舞台があり、ライブの映像を映す大きなスクリーンが3面もありで、なんにも見えなくてつまらない、ということはありませんでした。
私の悪いクセなのですが、コンサートなどに行くと、開演中に、「簡単に感動してはいけない、はしゃいだりしてはいけない」と思って、他の事を考えて気を紛らわすという、なんともモッタイないことをしてしまいます。
今回も、「あー、帰りに、唐そばでラーメン食ってくかな、本店と2号店、どっちにしようかな」とか、「センター街、歩くの怖いなー。けど、見た目によらず、結構、いいやつだったりするし」とか、「東武ホテルのアイスカフェオレ、うまかったなあ。でも924円は高いよな」とかどうでもいいことを、ぼーっと考えていました。
そんなとき、ステージの方から、春風のような心地よいカメハメ波(?)がやってきました。ステージ左手に張り出したスペースで、ティファニーが手を振っています。それまでは、誰が誰だか、よおく見ないとわからなかったのですが、すぐにティファニーだとわかりました。からだ全体で笑っているように見えます。ティファニーが手を振ると、お客様もいっせいに手を振り返します。花の子ルンルンが、ペンダントをかざすと荒地に花が咲くような感じです。「華がある」というのは、こういうことなのですね。彼女の方を向かずにはいられませんでした。
冷静に考えると、彼女独特の“ティパティパ歩き”(満面の笑みで、肩をすぼめて、ちょこちょこちょこと歩く)を見て、ティファニーだと気が付いたと思うのですが、あの個性的な9人のメンバーの中で存在感をアピールするには、細かい仕草もおろそかにできません。
『tough guys!』でも、同様のチャレンジがありました。カマキリを“キャラクター”にするには何気ない仕草にも気を使います。当コラムでも、岸本監督が「松田優作のように」と書いていますが、カマキリに“らしい”存在感を与えるために、かなりの試行錯誤を繰り返したことだったと思います。
※写真は、代々木第一体育館の入り口です。女装時代、いらっしゃいました!(ネットで有名な遠藤時代のみなさんだったかも)
2011/06/17 生麦焼酎乙類 監督/岸本真太郎

その物体を目にしたとたん、一瞬僕は何かの冗談なのかと思いました。
上井草(か、あの位置なら上石神井かな)にある赤ちょうちんのカウンターに座りちょっと昔の職業の癖がでたのか、おでんの鍋をチェックした時です。
見慣れた四角いおでん鍋の隅に浮かぶ正方形の純白の物体。
“なると”を切らずにそのまま突っ込んだにしては、表面のてかりやぬめりが違う奇妙な棒。
先輩(当時30歳独身の山男)とバカ話に興じながらも、それをさりげなく皿に盛り付けるママさん(と言うかお母さんって雰囲気ですが)の動きに半分気を取られていました。他のカウンターの客もそれを普通に受け取り、普通に食べてます。所変われば品変わるって言葉位は知ってましたが、これだけテレビで全国の風景や風俗を写しているのに、そして、おでんなどと言うごくありふれた料理に、僕のまったく知らない食材が使われていたのです。味すら想像つきません。それを、大根やタマゴのように、ごく当たり前として客も食ってます。冒頭に冗談と書きましたが、正確には、不思議さと言うか、アンバランスゾーンと言うか、アメージングストーリーズと言うか、自分が現実とよく似た別の世界に迷い込んだような、センスオブワンダーな感覚です。
僕らの前にもおでん盛りが来ました。きっちりその二つの食材も入ってます。さすがに、僕の挙動の不審さに気がついたのか先輩が声をかけてきました。仕方がないので、素直に疑問を口にする。
僕 「…こ、これって何ですか?……そして、これも……」
先輩 「は?」
僕 「いや、だからこれとこれって、いったい何って食べ物でしょう?」
先輩 「マジ?……、クッ、クッハハハハハッハハハ……」
小耳にでも挟んだのか、ママさんも、隣の客も笑い出します。
隣客 「えっ、ちょっとマジで?君いったいどこの田舎から出て来たの?」
ママ 「もう、“はんぺん”と“ちくわぶ”じゃない。からかってんでしょ?」
完全にマジです。ちなみに山口とは言っても県庁所在地のど真ん中辺りなので、そう田舎って雰囲気ではありません。歩いて行ける距離にアーケード街も、県庁も県立図書館も博物館も美術館もありました。もしかしたら、その食材を知っていて、そのつもりで探せば有ったのかもしれませんが、公設市場でもデパートでも、それまで一度も見た記憶がありません。
一応恐る恐る箸をつけてみました。
“はんぺん”はババロアとかマシュマロみたいな食感なのにかすかに魚臭くカツオと昆布の出汁をたっぷり吸ってます。
“ちくわぶ”ときたら小麦粉を水で練ってそのまま出汁で煮込んだような、ニチャニチャするだけの未完成な練り物じみたもの。
「けっこうイケるでしょ?」などと声をかけていただきはしましたが、正直「ゲロ不味」でした。「人間の食い物では無い」とまで思いました。黒い汁のうどんとか、ゴマ油の天麩羅とか、こんなものをイケるとか思える東京人の味覚が、僕には異次元人じみたものにしか思えませんでした。
あくまでも…当時は、ですが。
2011/06/14 八王子の空飛ぶ有袋類 企画/森岡秀文

リプ○ンの広告ポスターが、中央線に!
ひとりひとりが別な色の衣装を着た、カラフルな500ミリパックバージョンと、大人っぽく白い衣装で統一したエクストラパックバージョン。
目が釘付けです。乗り越しました!
エクストラ版では、ユリがセンターに来て、ものすごくうれしそうな笑顔が印象的です。ティファニーは飲んでいません(ストローを口につけてない)。
カラフル版では、ピンク系の衣装をゲットしたジェシカとティファニーがご満悦です。この中に入ると地味に見えてしまうアクアのテヨンは、ちょっと不満げ? 笑顔に無理があるような……
背の高いスヨンとソヒョンはどちらのバージョンでも端っこですが、存在感を放っています。「ゼッタイに、私を見て!」というパワーを感じます。
『tough guys!』のジャケットのカマキリは、どんな顔?
笑顔だったら、怖いです。そういえば、むかし、目を真っ赤にして、怒りをあらわにして、追っかけてくる虫を見たことがあります。ちょっと、勝負させてみたいですね。
※写真は、会社の近くの喫煙スポットの前にあるプレハブです。ツタが絡まって、いい具合にエコになっているのではないでしょうか。昔、プレハブ倉庫でアルバイトをしていたことがあるのですが、夏は地獄でした。30℃の事務所が涼しく感じられるくらいでした。(写真は、本文とは全く関係ありません)
2011/06/10 生麦焼酎乙類 監督/岸本真太郎

まずは僕が結構“おでん”についてはエキスパートである事を書いておきます。
どこかでも書いたと思いますが、僕の山口の実家は当時(すでに無いですが)、焼き鳥屋をやっておりまして、高校位から暇ができると手伝わされたりもしてました。その後高校を卒業してブラブラしている時に、湯田温泉と言う、車で10分ほどの繁華街のキャバレーの前に屋台を出して、そこでは、メインの焼き鳥の他に、簡単な一品料理、うどん、ラーメン、そして、おでんなんかもやってました。もちろん、味の基本は板前さんなりお袋が仕込んでましたが、調理や具の追加の際に必然的にアレンジを加えたり、手を抜いたりしてましたので、自分でも「こんなんでいいんだろうか?」などと思った事も多々あります。だいたい大学を断念して、プチやさぐれ状態の20前の小僧が適当に作っているんだから美味いはずはないんですが、不思議と“不味い”と言う苦情はありませんでした。これは営業が深夜から早朝だったので、たいがい客が酔っ払いなのと、本店の方の食材を利用していたので誰が作ってもそれなりの味にはなったんだと思います。そう言えば、一度ウチの屋台のおでんを食べて「ちょっと変わった味だねぇ」とか言われたのですが、それは僕が勝手におでん鍋の仕切りの一区画に“手羽先”だの“豚足”だののコーナーを作ったせいで、そりゃぁ味だって変わりますよ…ってなもんです。しかし、このおでんの豚足は、それだけを食べに来る常連さんまでついたのですが、お袋の強制介入で、そのコーナーはおでん鍋から撤去されました。まぁ、他の種の味が変わるってのもあったのですが、手羽先だの豚足だのは、コラーゲンとかゼラチンとかの塊なので、一日も煮てるとほとんど肉は出汁に溶けてしまい骨しか残らないので商品にならなかったからです。
てな感じで、ただおでんを作っていただけでなく、それなりに食材にも気を配っていましたので、当時の年齢で僕以上におでんを知っている奴は、「そうは居ないだろう」と自負しておりました。
ところがさすがは生き馬の目を抜く大都会東京。己がいかに井の中の蛙であったかを思い知らされるのでありました。
結局、次回へ続きます。
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